1. 難病情報誌 アンビシャス 250号

難病情報誌 アンビシャス 250号

最終更新日:2023年03月01日

表紙は語る

どんな状況でも幸せそうに笑っている駿羽にどれだけ励まされたことか

湯地 三代子(ゆじ みよこ)さん
脊髄性筋萎縮症類似疾患

 人工呼吸器を付け暮らす息子の駿羽(はやと)は沖縄県那覇みらい支援学校の高等部2年生です。テレビや音楽が好きで、何よりも風を感じる散歩が大好きです。今では私一人でベッドや車いすへの移動が困難なほど大きく成長しました。現在、沖縄南部療育医療センターのお世話になり、充実した在宅生活を送っています。こんな風に自由に学校や外出ができるとは17年前には想像さえ出来ませんでした。
 2005年8月に宮崎県で生まれた駿羽が翌朝に吐血したことが最初の異変でした。産婦人科の医師に泣き声もか細く、母乳を吸う力も弱いと伝えても「この子の癖だから気にし過ぎないで」と言われました。それでも不安な気持ちは消えず、出産祝いに来てくれた人たちに「元気なように見える?」と聞いたり、夜中に何度も呼吸を確かめたりと不安な毎日でしたが、その嫌な予感が的中し、生後1か月半に呼吸不全で入院しました。その後、横隔膜が動いていない事が分り人工呼吸器を付けました。私は病院の待合室で寝袋にくるまりながら寝泊まりし、眠れないまま「どうか夢であって欲しい」と願い続けていました。
 生後4ヶ月の時に原因究明を望み鹿児島大学病院へ転院してあらゆる検査をしました。東京女子医大に依頼した遺伝子検査でも病名を断定できず、疑いのあった脊髄性筋萎縮症(SMA-A1型)ではなく、宮崎県や鹿児島県で駿羽と同じ病気の子が一人もいないとの説明に愕然となりました。
 生後7ヶ月に筋肉を取って調べる筋生検と気管切開の手術をしました。その頃の駿羽は肩や腕、表情筋の動きはありましたが、首は座らず手足や指も動いていませんでした。横隔膜まひなど脊髄性筋萎縮症と異なる症状もありましたが、似た症状から類似性疾患という事になりました。病名が分れば治療ができ呼吸器も外せると信じていた私は、これからどうすればいいのか途方に暮れていました。
 それでも駿羽は呼吸器を付け呼吸が楽になったのかよく笑う様になりました。動かせる肩や腕を工夫して遊び、表情豊かに気持ちを伝え、呼吸器圧を上手く利用しておしゃべりさえしていました。寝つきも寝起きも良く、いつも楽しそうな明るい子に育っていました。
 主人は仕事で宮崎に残り、毎週土曜日に片道4時間もかけ鹿児島に来て、夜は車中泊で日曜日の夜に宮崎に戻る生活を続けました。そんなある日、病室で駿羽と窓の外を眺めながら、ふと病室の白い壁しか知らずに成長する駿羽に気づきました。入院生活も2年を過ぎ「このままじゃダメだ」と家族一緒に暮らす在宅の道を考え始めました。在宅については、バクバクの会(呼吸器を付けた子の親の会)の会報で知りました。当初は不安も大きく、親・兄弟や友人のいる地元の宮崎を考えていましたが、当時、宮崎県には小児神経難病の専門医がおらず受け入れ病院が無いと分かりました。家族が一緒に暮らせるならどこへでも行こうと転勤願いを出したところ沖縄県に決まりました。転勤までの数か月間、病院からは在宅療養を迫られ困っていたところ、病院で知り合った方が鹿児島市内のお家を貸してくださり、訪問診療のある病院に転院。周囲の方々に助けられて医療的ケアの対応を学び、慣れない環境の中約3か月間、駿羽と在宅生活の予行演習をしました。
 そして2008年4月に沖縄県へ移住し「県立こども医療センター」に転院しました。バクバクの会を通じて紹介を受けた小児科の先生を中心に1か月の準備期間を経て訪問看護と介護ヘルパーの連携が整い、家族3人で暮らす在宅の夢が叶いました。可能な限り家族で外出して今まで知らなかった世界を教える度、家族一緒に過ごせる時間の有難さを感じずにはいられませんでした。主治医や小児科の先生が支援活動をされている「てぃんさぐの会」と難病こども支援全国ネットワークが毎年開催するサマーキャンプにも参加し良い思い出作りをしました。
 在宅生活も落ち着き、駿羽に同年代の友だちが欲しいと思う様になりました。呼吸器を付けて普通小中学校に通っている例をバクバクの会の会報誌を通して知っていましたので、先ずは地域の幼稚園に入園させることを考えました。しかし手続き方法や相談窓口が分からず、運任せに駿羽を車いすに乗せ、緊張しながら入園前の一般面談日に行きました。「駿羽に友だちをつくってあげたい。」という思いを懸命に伝えたところ、素敵な先生方に巡り合い那覇市立高良幼稚園に入園することが出来ました。受け入れに当り主任の先生は、人工呼吸器を付けた子に会ったことの無い、子ども達や父兄に根気よく説明をされ、事故が起きないよう細心の注意を払っていたようです。おかげで私たちは嫌な思いをすることもなく、常に笑顔で接していただきました。園では初めてのブランコ、友だちと一緒の給食当番や遠足生活発表会やプール、大勢の観客がいる運動会と初めての経験に目を大きく輝かせて感動する駿羽に胸がいっぱいの毎日でした。
 卒園後、隣接する小学校へ県内では初めて人工呼吸器を付けた児童として入学し、友だちとさまざまな体験を重ねてきました。友だちと一緒に伊江島での民泊や修学旅行にも参加。休日には友だちとボーリングにも行きました。みんなと少し違う駿羽の事を知ろうとお友だちが積極的に手伝ってくれました。そして一緒に中学へ入学し友だちと関わりながら成長していく姿はとても楽しそうでした。
 私は駿羽と共に通学し学校に待機、医療的ケアは私が行い一緒に帰宅する日々を10年続けました。学校が医療や介護としっかり連携が取れるよう消防隊も参加してのカンファレンスを毎年行い、小中学校では災害時に駿羽を乗せた車いすを4人の男性教諭が持ち上げ階段から運動場まで避難する訓練も行いました。本当に多くの皆様に支えられた学校生活でした。心から感謝しています。
 2018年4月に駿羽の病気はDSMA1という脊髄性筋萎縮症類似疾患で世界でも60症例しかない希少難病だと判明しました。先生によると日本で他の症例は知らないとの事でした。情報もなく病状が進行するたびに落ち込むこともありますが、ここ9年間で体調不良による入院は1回だけです。
 どんな状況でも幸せそうに笑っている駿羽にどれだけ励まされたことか、駿羽のおかげでたくさんの出会いに恵まれ、いろんな事を学び、見えていなかった事に気づけたと思います。
 13年前、沖縄県内で医療的ケアの必要な子の親の会「らいおんはーと」を立ち上げました。私も駿羽が長期入院時、同じ立場で悩みを分ち合える存在が心の支えとなり、何度も助けられました。悩みを相談し合い情報交換ができる場はとても大事だと感じています。2021年9月に医療的ケア児及びその家族に対する支援法の施行に合わせ全国医療的ケアラインが発足、昨年3月に沖縄支部として医療的ケア児(者)家族の会「かなさん沖縄」が誕生。福祉や医療関係者などの支援者とも繋がり、障がいがあっても安心して暮らせる社会を目指して活動する会です。これからも家族で協力しながら、沖縄に恩返しする思いで出来る事をしていきたいと思います。

  • 糸満市にある美々ビーチにて(初めて家族一緒の外出記念日!)

  • 今年2月与儀公園の満開の桜の木の下で。

2023年1月の報告あれこれ

難病とのつきあい方講座開催

 今年も沖縄国際大学の上田幸彦教授(公認心理師・臨床心理士)を講師にお招きし「難病とのつきあい方~こころとからだのセルフコントロール~」講座が1月21日より全3回(1~3月)で始まりました。
 講座の目的は、難病によるストレスや病気以外のストレスにうまく対処することで心を安定させ、必要な治療に積極的に取り組み、生活の質を向上させることです。
 昨年はコロナ感染拡大に伴いオンライン開催となりましたが、今年は感染対策を徹底し対面方式で進めて参ります。
 第1回では、自己開示をそれぞれ行い自分のことを話す、他者の話を聞くことで見方が変る、行動が変わる体験をしました。またストレスとストレッサー、ストレス反応について分けて考える事やマインドフルネス瞑想についても教わりました。
 この講座の開始1カ月前と直前にその時点のストレス度チェックを行います。その後、第1回で学んだ「ストレス対処法」より講座期間中、自分ができそうな方法を意識して実践する宿題が与えられます。日々ストレス対処法を実践できるよう講座期間はサポートさせていただきます。3回終了後のストレス度チェックまでが講座内容です。ご興味のある方はぜひ来年度ご参加ください。

1月の難病医療相談会

 1月27日、神経系疾患の医療相談会を渡嘉敷崇先生(沖縄病院副院長)のご協力をいただき開催しました。
 2022年度の難病医療相談会では、特に神経系や膠原病において定員数を超えるお申し込みを受け、ご担当いただく先生にお願いし、時間延長や日数を増やして対応をして参りました。
 神経系の医療相談会は当初の予定から、さらに2回追加により全ての希望者のご相談をお受けする目処がつきました。疾患別にはパーキンソン病の方が多く、お薬についての質問や症状に対し今処方されているお薬の量が合っているのか、飲み方、飲む時間についてのアドバイスを求められるケースが目立ちます。また、日常で注意すること、家でできるリハビリについての助言を求められる方も多いようです。症状の進行に伴い、ご家族の方が介護の心配をされるケースもございます。
 医師を始め、相談員も一緒に状況に合わせた相談にご対応させていただいております。何か不安をお持ちの方はお気軽にお問合せください。

1月のご寄付

 株式会社サンシャイン様が企画する「サンシャインゆいまーる」から7万6千円のご寄付を頂戴しました。昨年7月と合わせ16万4千円と今年度も多額なご寄付をいただいています。
 2017年よりスタートの同企画は地域に根ざし、地域に貢献するというサンシャイングループ様の強い志により、県内で活動する福祉団体やスポーツ団体等の中からサンシャインのお客様がその寄付先を選ぶお客様参加型の社会貢献活動です。長引く新型コロナの影響で経営環境も厳しさを増す中でも途切れることなく毎年継続してのご支援に、大変身が引き締まる思いです。
 ご寄付に託された皆様の想いをしっかりと受け止め、これからも難病支援活動に更に邁進して参ります。この度は誠にありがとうございました。

こころの現場から

患者の人権とは(1)

鎌田依里

臨床心理士 鎌田 依里(かまだ えり)

 WHO(世界保健機関)は健康の定義を「単に病気でないとか、虚弱でないということではなく、身体的、精神的、社会的にすべてが満たされた状態である」としています。健康の定義に当てはまる人はこの世の中に果たしてどれだけ居るのかと改めて考えると、いかに健康で居続けることが恵まれたことであり、かつ努力を要することなのかと思います。人間誰もが「患者」となり得ますし、むしろ、健康体で天寿を全うすることは難しいのではないでしょうか。
 例えば、患者として救急搬送され、気道を確保し人工呼吸器に繋ぐために全身麻酔をされる可能性があります。その場合には、死亡や重度の後遺症もありうるという同意書にサインすることになります。医師をはじめとした医療従事者は人命救助を第一の使命としているので、患者を「死」から遠ざけるために懸命に処置をします。それはとてもありがたいことです。ただ全身麻酔の際には、自分以外の家族にその治療における「自分の身体に関するすべての意思決定」を任せないといけない等の現実があります。常日頃から自分の身体について、もしくは後遺症が残ったり延命治療が必要になったりした場合や、臓器提供の意思等について詳しく話し合っておかないと、自分の意思が尊重されません。(もちろん家族は自分が倒れ救急搬送されたことによる心理的な不安が急激に膨らみ、気が動転している状態なので、冷静な判断はとても難しいのが現実です。)
また例えば、尿カテーテルを入れることは医療従事者にとって当然の処置であっても、患者にとっては非常に恥ずかしく苦痛に感じる場合もあります。
 これらの場合、患者(自分)の人権や意思はどこにいってしまうのでしょう。

〈次回へ続く〉

つぶやきチャンプルー

医師との意思疎通が出来ずに困ってしまう

照喜名通

著:照喜名通

 難病相談員として感じることは、難病と宣告されてから体調不良と病気自体を受け止めることが出来ずに精神的に苦しんでいる方が多いです。また、医療相談会では主治医に聞けないことを相談に来られます。現在、主治医のもとで受けている治療が本当に良いのか、もしかしたらもっと良い治療があるのではと聞いてくる方がいます。また、主治医の診断が間違いで本当は難病ではないのでは、と微かな希望をもって来る方もいます。主治医を信頼しつつも、より詳しく聞くため何度も対話をし確認する必要があります。しかし、待ち時間の長さと診療時間の短さでは難しい現実があります。短い時間で確認したいことを簡潔に伝えることが難しく、事前に質問を箇条書きしてお渡しするなどの工夫が必要となります。
 就労においてもコミュニケーションの取り方は重要になります。患者さんが採用面接時に通院や服薬など配慮して欲しいことを企業側に説明するのですが、企業側は仕事ではなく配慮を優先しないといけなくなると解釈するので困ってしまいます。この時代にあった支援体制も必要になってきます。
 家族や職場でのコミュニケーションを取るうえでの困りごとも少なくありません。私も下手で、話す内容、スピード、表情とどれをとっても上手くいきません。時と場合や背景など設定したロールプレイなどから共に学んでいきましょう。

シリーズ 「患者学」第94回

どんな降雨予測の時、あなたは傘を持って外出しますか?

慶應義塾大学 名誉教授 加藤 眞三著

看護師の大量退職の記事をみて思うこと その1

 東京医療センターの看護師の16%が退職を予定しており、半数は退職を希望していることが週刊文春(2023年2月8日号)に報じられています。この記事を読んで、医療者の勤務状況の実態を患者さんにも知ってもらいたいと思いました。なぜなら、これらを放置しておくと、本当に医療の崩壊を招くことになり、患者さん自身も不便や不利益を被ることになるからです。
 同記事は、その病院の幹部が「職員が調査したところ、昨年4月から1月までの間に、退職・休職を合わせて看護師が100人も減っていた。病棟は満床、看護師はスカスカ。一言でいうと『地獄』です」と話しているとも伝えています。今年の春、4月以降には一体どうなるのかと危惧されます。
 この件に限らず、看護師の離職率は高い状態が続いてきました。2022年4月日本看護協会が広報した調査結果においても、2020年度の正規雇用看護師職員離職率は10.6%であったことが報告され、毎年約10%の正規雇用の看護師が離職していることになります。
 また、2月9日の中日新聞の記事では、名古屋市立大学病院(同市瑞穂区)の女性看護師(45)が、同大に慰謝料など二百二十万円の損害賠償を求めて名古屋地裁に提訴したことが報じられています。夫の単身赴任のために子どもの夜間の世話を任せられなくなったために夜勤の免除をと申し出ましたが、常勤は夜勤ができることが条件であると退職を迫られたということでした。
 看護師の職場環境は一般の人が想像している以上に過酷な状況にあります。病院は本来1年間を通して24時間の勤務体制をとらなくてはならないため、日勤と夜勤の2交代勤務や日勤、準夜勤、夜勤の3交代勤務をとっていることがおおくなります。その勤務体制のために体調を崩してしまうことも多いし、各月の勤務予定表が直前に渡されるため、自分の予定は前もってたてられないのです。また、結婚したり、出産すると子どもの世話をみるためにと退職の選択をせざるを得ないことも多いのです。
 病院で働く病床100床当りの看護師数をみると、OECD加盟国の単純平均(2017年)が183人であったのに対し日本は87.1人であり、加盟国35カ国中30位という低さであったのです。すなわち、わが国の看護師はそれだけ勤務の効率を高められることが求められているのです。
 コロナ感染が広がった時期には、感染病棟に勤務する看護師は自宅にも帰ることができない状況があったり、自分が感染すると病棟に迷惑をかけるからと看護師は一般人以上に行動の抑制が求められ、看護師の家族も母親に感染させないためにと、普通の人以上に行動を制限していたのです。そんな中看護師の子どもが保育園や幼稚園で差別を受けるという悲しい事件も報道されました。
 こんな職場環境の下で働くことに、心が折れた看護師が1人退職すると、病棟での仕事はますます過重となり、これではやっていけないと、さらに退職する人が出てしまうということがおきてしまうのです。
 ここまで看護師のことを書いてきましたが、女性医師も同様に職業と母親役を兼任するために無理を重ねています。しかも、医師の場合には交代制が確立していないことも多く、担当の患者さんが重症になれば24時間いつでも応答し駆けつけることが要求されてきたのです。

次号に続く

慶応義塾大学看護医療学部
教授 加藤 眞三
慶應義塾大学名誉教授。上智大学グリーフケア研究所研究員。
患者と医療者の協働関係を作り上げることをテーマに公開講座「患者学」や著作 等を通じ、患者も自ら積極的に医療に参加する啓発活動に取り組む。

東洋経済オンラインに加藤先生による「市民のための患者学」連載配信中!
http://toyokeizai.net/articles/-/143366
加藤先生の最新書籍:肝臓専門医が教える病気になる飲み方、ならない飲み方
出版社:ビジネス社

患者団体からのおたより

全国パーキンソン病友の会・沖縄県支部より
3年ぶりの医療講演会を開催!


 全国パーキンソン病友の会・沖縄県支部では1月29日に順天堂大学医学部脳神経内科准教授大山彦光先生を講師にお招きし「一緒に考えるパーキンソン病治療~より良い生活を送るために~」と題した講演会を3年ぶりに開催しました。
 また特別ゲストとして「手紙~親愛なる子供たちへ~」で有名なシンガーソングライターの樋口了一氏と大山先生の対談を挟んでコンサートも企画。樋口氏自身もパーキンソン病当事者で病気と向き合いながら音楽活動を続けています。
 大山先生と樋口氏の密度の濃い講演と歌にご参加の皆様はとても感銘を受けたようです。参加者のご感想を誌面の関係で一部ですが下記よりご紹介します。
・大山先生のお話と樋口さんの歌を聴き心が爽やかになりました。涙が出るほど嬉しかったです。
・今日は改めてパーキンソン病と向き合う機会になりました。大山先生のお話はとても明瞭で分かりやすかったです。樋口氏についてはパーキンソン病でもこんなに活躍できるという事を知り、とても勇気が湧いてきました。
・今日の講演会で一番感動したのは、大山先生と樋口さんの対談です。そして何といってもコン サート。有意義な時間を本当にありがとうございました。

※パーキンソン病友の会では、会の運営を手伝っていただけるボランティアを募集しています。
ご連絡は事務局長:又吉朝子まで(090-8294-1974)

今月のおくすり箱

目薬が目からあふれても大丈夫ですか。

沖縄県薬剤師会 吉田 典子

「目薬は沢山入れると早く治りそうだから、滴数や回数は多い方が良いのでは?」とおっしゃる患者さん。
 目薬を使用された方はご経験があると思いますが、目薬を点眼すると目からあふれてしまう事があります。実は、目薬の1滴の量は点眼容器の形状や薬液の粘性の違いにより異なりますが、約0.03~0.05mlです。人間の目の表面(結膜嚢)に貯められる量は0.03mlなので、1回の点眼量は1滴で十分です。1滴以上点眼すると薬液が無駄になるだけでなく、目に傷をつけてしまったり、緑内障の目薬では目の周りに色素沈着等が起こることもあります。点眼後、目からあふれた液は清潔なティッシュなどで軽くふき取りましょう。
 一般的な医療用の点眼薬だと5mlで約100滴になりますが、手が震える等で失敗が多く、次回診察日まで本数が足りない場合には処方医にご相談ください。目薬は液体であるため、雑菌が繁殖しやすく、また光や温度にも敏感です。点眼後はしっかりふたをし保管しましょう。便利な点眼補助具なども販売していますのでご検討ください。

アンビシャス広場

~エッセイ~ 「『気くばり』神の共通点」 渡口 正さん(ALS)

 先日、糸満市内の飲食店で、何気に他の客の履物を揃えてそのまんま店の奥へ進んでいった宮城さんという気くばりの神(実は、知り合いの奥さん)に逢いました。
 私が定期的に入院している宜野湾市内の病院にも又吉さんというハンパない気くばりの神が棲んでいます。彼女も何気に先々のことまで見越した気くばりをしてくれます。
 私が思うに、二人の共通点は何着の気くばりです。つまり、それぞれの日常生活に気くばりが自然に溶け込んでいるので、本人が何気に行った気くばりをいちいち覚えていないんです。
 これこそが気くばり神の所以だと思っています。
 いつもお世話になっている超絶「気くばり」神に心から感謝して、ウートート。

お勧め映画/DVD情報

梅切らぬバカ/2021年文化庁委託事業の映画
 自閉症の息子を抱えるの年老いた母親の日常と、親子と関わる周囲との人間模様。
 年老いた母親役に、加賀まりこ、息子役には、山下清役で好評だった塚地武雅。
 タイトルは、ことわざ「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」に由来。

★渡久地 優子{進行性骨化性線維異形成症(FOP)}★
・・・カラーセラピーやパワーストーンも好きで、時々、ネットで見てます。

今月の占い

  • 牡羊座 3/21-4/19
    疲れる前に休息を
    ☆リフレッシュ法:歌唱
  • 牡牛座 4/20-5/20
    楽しめる事を探して
    ☆リフレッシュ法:読書
  • 双子座 5/21-6/21
    美味しい物を食べて
    ☆リフレッシュ法:食事
  • 蟹座 6/22-7/22
    何かのスキルをアップ
    ☆リフレッシュ法:映画鑑賞
  • 獅子座 7/23-8/22
    優しさと思いやりを
    ☆リフレッシュ法:睡眠
  • 乙女座 8/23-9/22
    笑顔の対応でリラックス
    ☆リフレッシュ法:ドライブ
  • 天秤座 9/23-10/23
    心地良い居場所を
    ☆リフレッシュ法:花木鑑賞
  • 蠍座 10/24-11/21
    集中がストレスフリー
    ☆リフレッシュ法:DVD鑑賞
  • 射手座 11/22-12/21
    自分らしさが一番
    ☆リフレッシュ法:テレビ鑑賞
  • 山羊座 12/22-1/19
    言葉に気をつけて
    ☆リフレッシュ法:断捨離
  • 水瓶座 1/20-2/18
    苦手を克服してみて
    ☆リフレッシュ法:散歩
  • 魚座 2/19-3/20
    思い立ったが吉日に
    ☆リフレッシュ法:音楽鑑賞

編集後記

 寒暖差の激しかった冬が過ぎ、爽やかな春を迎えようとしています。まだ新型コロナの感染リスクが消えた訳ではありませんが、商店街も次第に活気を取り戻しつつあり、人の流れも多くなってきました。終息まで注意は必要ですが春の訪れを楽しみましょう。
 さて、今月の「表紙は語る」はDSMA1という世界でも60症例しかない希少難病の息子さんと誕生から今日まで家族で共に歩んできた道のりを湯地さんに綴っていただきました。
 人工呼吸器を付けていても地域の普通の学校で友だちを作り、運動会や修学旅行と学校生活を楽しむ様子と、その過程での奮闘ぶりを語っていただきました。同じ境遇のお子様たちの先駆者として、後に続く方の励みとなるお話かと思います。
 また、医療的ケアの必要な子の「親の会」の重要性にも触れていますが、特に小児のお母さん方は自分が代わってあげたいという気持ちも強く、同じ立場で悩みを分ち合える場所のあることがどんなに心強いことでしょうか。想像に難くないですね。

文 仲村明